実に二年ぶりの更新がこんな話に…(このポスト、おおまかなところFBと重複)
高倉健さん死去…
自分の中では、熱血漢でおっちょこちょいの網走番外地シリーズが一番よかった。
妙にストイックで渋い役を強要されても、それに応えることが出来てしまったのは、むしろこの人の「不幸」だったような気もする。
若い頃も、裕次郎や旭みたいな、太陽のように底抜けに輝くスタアではなく、上手や器用とは遂に無縁だったとはいえ、「技術志向」で「暗部」のある人だったと思
う。
本当は、もっともっとコミカルな演技を見たかった人で、欲を言えば、つくられたスタアの自分を笑い飛ばす自虐コメディなどもやって欲しかった。
後年、というより、近年、と言うべきか。スクリーンの中の高倉健は、いつの間にか「人類の驕った視線がとらえた絶滅危惧種」みたいなものに収まってしまった。そうして、生きた魅力が確実に失われる一方、それに反比例するように「世の中」の評価は漸く高まった。
ところが、困ったことに 、「最も美しい俳優」はそういう類の鑑賞にも充分堪えてしまったので(それはそれで良いのだけれど)、怒気も客気も、血も唾も、届かぬ距離から安心して毛皮を鑑賞されるだけの存在になってしまったんじゃないだろうか(などと言っては「皆様」のご不興を買いそうですが…)。
「ほとんどの役が前科者だった」自分が勲章をもらう照れ臭ささえ、「高倉健風」に言わないわけにはいかなかったのは、果たして果報か不幸せか…。
新聞は簡単に「一つの時代が終わった」などと能天気な紋切調の確信犯で、まあ、そういうことなんだろう、一般的には。
石倉三郎氏のコメントを聞いてみたいけれど、簡単にコメント出されても興醒めだ。
ところで、死因となった「悪性リンパ腫」はうちの親父とおんなじだ。
2014-11-19
2012-11-14
自転車をまたまた楽しんだ話
走行2万キロ到達。もう少し、というところまで来ていたので、先々週は普段の通勤に加え、通勤→横浜のギャラリーへ→帰宅、で約95キロ、休日に自宅→江ノ島→茅ヶ崎→帰宅、で約105キロ。思惑通り、江ノ島行きの途中、467号線長後付近で到達。直前に記念写真を一枚。いつもこういうチャンスはうまくいったためしがないので、ちょっとびっくり。
まあ、まずまずよく走りました。3年3ヶ月かかったのは決して早くはないけれど、こんなものでしょう。ここまで消耗部品は結構まめに交換してきたけれど、とうに延びて交換時期になったチェーンと、このチェーンのおかげで変な風に磨耗してしまったスプロケット(後ろのギア)については手抜き、というか、ほったらかしにしてきた。というわけで、先週は部品(チェーンとスプロケット+コネクティングピン)と工具(チェーン切り、フリーホイー^ル外し二種)の入手にあてて、全部揃ったところで、月曜日に交換作業を敢行。
チェーンを切るのはたぶん冗談抜きで35年ぶりw。こんなに簡単だったかな~と思うくらい天下のshimanoの工具は使いやすく、スプロケットの方(これは生まれて初めて)も、事前のリサーチとイメージトレーニング(?)のおかげでスムーズに進行して、あわせて30分もかからずに終了。11T~32T(1速から8速の歯車の数です)と、いかにも「クロスバイクです」という感じにワイドだったスプロケットは13T~26Tとロード用の中ではワイドな奴とはいえ、大分クロースレシオなものに交換。ま、うまくいくことがはっきりしている、いかにもありがちな改造ではあります。
結果は予想外に良好。なんだか細かくシフトするのが楽しくなって、結果的には、ほんの少し(通勤片道につき1分半程度?)楽に速く走れるように。もう少し調整を進めればさらに気分良く走れそうな予感が。
2万キロを支えてくれたチェーンは、106コマであわせると、ちょうど二コマ分伸びていました。次はBBまわりの工具も揃えようかと。何はともあれ、機械いじりは楽しいな~。
まあ、まずまずよく走りました。3年3ヶ月かかったのは決して早くはないけれど、こんなものでしょう。ここまで消耗部品は結構まめに交換してきたけれど、とうに延びて交換時期になったチェーンと、このチェーンのおかげで変な風に磨耗してしまったスプロケット(後ろのギア)については手抜き、というか、ほったらかしにしてきた。というわけで、先週は部品(チェーンとスプロケット+コネクティングピン)と工具(チェーン切り、フリーホイー^ル外し二種)の入手にあてて、全部揃ったところで、月曜日に交換作業を敢行。
チェーンを切るのはたぶん冗談抜きで35年ぶりw。こんなに簡単だったかな~と思うくらい天下のshimanoの工具は使いやすく、スプロケットの方(これは生まれて初めて)も、事前のリサーチとイメージトレーニング(?)のおかげでスムーズに進行して、あわせて30分もかからずに終了。11T~32T(1速から8速の歯車の数です)と、いかにも「クロスバイクです」という感じにワイドだったスプロケットは13T~26Tとロード用の中ではワイドな奴とはいえ、大分クロースレシオなものに交換。ま、うまくいくことがはっきりしている、いかにもありがちな改造ではあります。
結果は予想外に良好。なんだか細かくシフトするのが楽しくなって、結果的には、ほんの少し(通勤片道につき1分半程度?)楽に速く走れるように。もう少し調整を進めればさらに気分良く走れそうな予感が。
2万キロを支えてくれたチェーンは、106コマであわせると、ちょうど二コマ分伸びていました。次はBBまわりの工具も揃えようかと。何はともあれ、機械いじりは楽しいな~。
2012-09-30
久しぶりに新しいブレーキ
ずいぶん長い間放置してしまったもので、
何だか今更、なんだけれど久しぶりに書いてみたりします。
忙しいことはありがたいこと、にしても、今年はお金がない分を労働力で、というわけでもないだろうけれど、やけに仕事がいろいろあって草臥れるばかり。ま、そんな時期もあるんだよな~
自転車もあんまりいじれない(結構乗ってはいるのですが)、ピアノで遊ぶ時間もあんまりない(時間があっても疲れて寝てしまうw)、おまけに土曜日はちょっとしたアルバイトで毎週、ネタを考えないといけない、という自転車操業。
とはいえ、自転車は先々週に弄ったんだった(夜中にね)^^
ブレーキを新しい3500系soraの「コンパクトV」に、レバーをダイヤコンペのギドネットに、当然バーテープも新しいのを巻きなおしてちょっとリフレッシュ。
本当はチェーンを早く変えないといけないのだけれど、肝腎なことを後回しにして、後から泣きをみるのが僕の悪い癖(右京風)。
「コンパクト」はテクトロの「ショート」より気持ち長めの90mmほど。ちょっと今までのVブレーキとは感覚が違う。簡単に言えば、キャリパーブレーキ風の「きき味」で街乗りクロスには非常にいい具合。ギドネットはちょっとガタがあって心もとないので、何とかもう少しガタをなくしたいと思案中ではあります。
ブレーキ本体は今までとはデザインが一新され、ちょっと「削り出し」風のいかにも剛性がありそうな外観で、三本和彦風に言えば「小じっかり」感があって、調整もひどく簡単。ESCAPEデフォルトのテクトロのレバーでうまく引けるはずなので、この交換は一般化してもおかしくないと、個人的には思う。ま、Vブレーキの唐突な効き方、「とにかく止めてやるぜ」感がないのは好き嫌いが分かれるところかも。
何だか今更、なんだけれど久しぶりに書いてみたりします。
忙しいことはありがたいこと、にしても、今年はお金がない分を労働力で、というわけでもないだろうけれど、やけに仕事がいろいろあって草臥れるばかり。ま、そんな時期もあるんだよな~
自転車もあんまりいじれない(結構乗ってはいるのですが)、ピアノで遊ぶ時間もあんまりない(時間があっても疲れて寝てしまうw)、おまけに土曜日はちょっとしたアルバイトで毎週、ネタを考えないといけない、という自転車操業。
とはいえ、自転車は先々週に弄ったんだった(夜中にね)^^
ブレーキを新しい3500系soraの「コンパクトV」に、レバーをダイヤコンペのギドネットに、当然バーテープも新しいのを巻きなおしてちょっとリフレッシュ。
本当はチェーンを早く変えないといけないのだけれど、肝腎なことを後回しにして、後から泣きをみるのが僕の悪い癖(右京風)。
「コンパクト」はテクトロの「ショート」より気持ち長めの90mmほど。ちょっと今までのVブレーキとは感覚が違う。簡単に言えば、キャリパーブレーキ風の「きき味」で街乗りクロスには非常にいい具合。ギドネットはちょっとガタがあって心もとないので、何とかもう少しガタをなくしたいと思案中ではあります。
ブレーキ本体は今までとはデザインが一新され、ちょっと「削り出し」風のいかにも剛性がありそうな外観で、三本和彦風に言えば「小じっかり」感があって、調整もひどく簡単。ESCAPEデフォルトのテクトロのレバーでうまく引けるはずなので、この交換は一般化してもおかしくないと、個人的には思う。ま、Vブレーキの唐突な効き方、「とにかく止めてやるぜ」感がないのは好き嫌いが分かれるところかも。
2012-02-13
安否確認
起きてみたら今日も寒そう。息子も上海に戻ってしまったし、何もする気にならずごろごろと・・・。いや、でも明日は自転車に乗れるぞ、と楽しみにしていたんだっけ、ということで自転車を引っ張り出したのは10時過ぎだった。
富士見ヶ丘の実家に行くちょっとした用はあるのだが、そのまま真っ直ぐ行ったのでは距離も短すぎるし、あまりにも面白くない。こんな時は何も考えずに登戸の橋を渡って多摩川サイクリングロードへ。平日とあって人も自転車も比較的少ない。一路、川上へ。気温は一向に上昇の気配なし。左の膝に僅かな違和感があったので、速度を上げすぎないように26~7キロを軽いギヤで維持して走れば、 手足の先は暖まらないけれど、15分もすると結構暑くなってくる。
誰が思いついたのか狛江あたりのサイクリングロードには速度を落とさせるための「罠」が何箇所もある。10メートルくらいに渡り、道路に50センチほどの間隔で横切る幅3センチくらいの木が埋め込まれていて、危険きわまりない。こんな嫌がらせみたいなことで自転車の速度を落とさせようという発想は、そもそも、自分で周囲の状況を判断して速度を変えたりしない馬鹿な奴、つまり役人的な頭の構造の人が考えたに違いない。大いに不愉快。こんなことがしてあっても、自転車は皆舗装から逸れて路肩を少しだけ迂回するだけなのが一目でわかり、ますます腹が立つが、もちろん自分も避けて走る。
京王相模原線、多摩川原橋-鶴川街道、相模大橋-川崎街道、是政橋-府中街道、南武線、関戸橋-16号、京王線、野猿街道、日野バイパス、中央自動車道、と順番にくぐれば国立の南、南武線矢川のあたりでいったん舗装が途切れる。右折して少し迂回すればまた続きがあるのだけれど、だいたい、ここまでで後は川から逸れてしまうことが多い。今日もここから少し北にのぼって256号に(覚えやすい番号だ^^)。右折して進めば国立インター入口のあたりで甲州街道になってしまうのでそのまま直進。府中駅周辺には行かず本宿町の二股は左の方に。そのまま高井戸の方に行っても良いのだが、今日は武蔵野線を越えて17号(府中街道)を左折し、そこから東八道路に右折する目論見。ところが17号はあまり車線が広くなく、いつものことながら混んでいるので、適当に17号から逸れ知らない交叉点で東八道路に出た。後は東八~人見街道と進めば久我山方面までは簡単。途中、牟礼のあたりで富山の煎餅屋の店があったので、固くなさそうな奴を選び土産にした。昔の菓子屋の店先にあった広口瓶みたいな形の入れ物でちょっと可愛らしい。
少々耳は遠くなったけれど母親はまずまず元気で、1時前には実家を出る。昼食は実家近くに少し前に出来たイタリアン、「ジェンマ」に寄ることにした。小さなバールはなかなかお洒落だけれど、果たして生き延びられるのだろうか、ちょっと心配。パスタのランチは前に食べたことがあるので、少し高いラザニヤを注文。セットのサラダも比較的量があり、チーズを惜しまないラザニヤもまずくない。コーヒーもまっとうだった。しかし、何かが不足している、という感じがしないでもない。地元に洒落た店があるのはいいことだから、何にしても客が増えてうまくいって欲しいもの。時々のぞいてみることにしよう。
適度な満足感の中、再び自転車に跨り成城へ。ちょっと御無沙汰している五丁目に住む老夫婦を思い立って訪問することに。手ぶらも何なのでマルメゾンでチョコレートなど調達。こちらも元気そうでほっとした。「今日は何ですか」と突然の訪問に怪訝そうな御主人に「安否確認ですよ」と言ったら「あははは、時々確認してもらう必要があるかもしれませんね」と笑っていた。
だらだらと50キロ余り走って3時過ぎに帰宅。午後の日差しには少しだけ春の気配がありました。
富士見ヶ丘の実家に行くちょっとした用はあるのだが、そのまま真っ直ぐ行ったのでは距離も短すぎるし、あまりにも面白くない。こんな時は何も考えずに登戸の橋を渡って多摩川サイクリングロードへ。平日とあって人も自転車も比較的少ない。一路、川上へ。気温は一向に上昇の気配なし。左の膝に僅かな違和感があったので、速度を上げすぎないように26~7キロを軽いギヤで維持して走れば、 手足の先は暖まらないけれど、15分もすると結構暑くなってくる。
誰が思いついたのか狛江あたりのサイクリングロードには速度を落とさせるための「罠」が何箇所もある。10メートルくらいに渡り、道路に50センチほどの間隔で横切る幅3センチくらいの木が埋め込まれていて、危険きわまりない。こんな嫌がらせみたいなことで自転車の速度を落とさせようという発想は、そもそも、自分で周囲の状況を判断して速度を変えたりしない馬鹿な奴、つまり役人的な頭の構造の人が考えたに違いない。大いに不愉快。こんなことがしてあっても、自転車は皆舗装から逸れて路肩を少しだけ迂回するだけなのが一目でわかり、ますます腹が立つが、もちろん自分も避けて走る。
京王相模原線、多摩川原橋-鶴川街道、相模大橋-川崎街道、是政橋-府中街道、南武線、関戸橋-16号、京王線、野猿街道、日野バイパス、中央自動車道、と順番にくぐれば国立の南、南武線矢川のあたりでいったん舗装が途切れる。右折して少し迂回すればまた続きがあるのだけれど、だいたい、ここまでで後は川から逸れてしまうことが多い。今日もここから少し北にのぼって256号に(覚えやすい番号だ^^)。右折して進めば国立インター入口のあたりで甲州街道になってしまうのでそのまま直進。府中駅周辺には行かず本宿町の二股は左の方に。そのまま高井戸の方に行っても良いのだが、今日は武蔵野線を越えて17号(府中街道)を左折し、そこから東八道路に右折する目論見。ところが17号はあまり車線が広くなく、いつものことながら混んでいるので、適当に17号から逸れ知らない交叉点で東八道路に出た。後は東八~人見街道と進めば久我山方面までは簡単。途中、牟礼のあたりで富山の煎餅屋の店があったので、固くなさそうな奴を選び土産にした。昔の菓子屋の店先にあった広口瓶みたいな形の入れ物でちょっと可愛らしい。
少々耳は遠くなったけれど母親はまずまず元気で、1時前には実家を出る。昼食は実家近くに少し前に出来たイタリアン、「ジェンマ」に寄ることにした。小さなバールはなかなかお洒落だけれど、果たして生き延びられるのだろうか、ちょっと心配。パスタのランチは前に食べたことがあるので、少し高いラザニヤを注文。セットのサラダも比較的量があり、チーズを惜しまないラザニヤもまずくない。コーヒーもまっとうだった。しかし、何かが不足している、という感じがしないでもない。地元に洒落た店があるのはいいことだから、何にしても客が増えてうまくいって欲しいもの。時々のぞいてみることにしよう。
適度な満足感の中、再び自転車に跨り成城へ。ちょっと御無沙汰している五丁目に住む老夫婦を思い立って訪問することに。手ぶらも何なのでマルメゾンでチョコレートなど調達。こちらも元気そうでほっとした。「今日は何ですか」と突然の訪問に怪訝そうな御主人に「安否確認ですよ」と言ったら「あははは、時々確認してもらう必要があるかもしれませんね」と笑っていた。
だらだらと50キロ余り走って3時過ぎに帰宅。午後の日差しには少しだけ春の気配がありました。
2012-02-07
寄り道
目黒からの帰り道、雨降りやなんだかんだで自転車に乗らない日は、バスで渋谷まで出ることが多い。大概座って本が読め、時間が少しかかるのも、かえって考え事に丁度良い。
渋谷で軽く食事することもあり、そんな時に寄るのが東急プラザ。本屋もあれば鉄道模型もある、かと思えば地下はマーケット風で浅草橋みたいなものも売っている楽しいビルだ。その上昼夜の食事の場所にも事欠かず、地下二階に数店舗、階上昇れば9階にあれこれあって飽きない。
時折行くのは、地下の「ぼてじゅう」や9階のとんかつ「蓬莱亭」など。「ぼてじゅう」はカウンターがあるので自分のような薄汚いのが一人でも気が楽で、手際のいい「中の人」を眺めながら結構おいしい「お好み」にハイボールなぞで軽く一杯やれる。味の方は上手な人とさほどでない人がいて運次第ではありますが。「蓬莱亭」は昔から渋谷にある店で昭和レトロな雰囲気。ベーコンで巻いたメンチをカツに揚げた「長崎」や立派な椎茸を使った「どんこかつ」など面白いメニューもある。昭和21年創業「ハチ公ソース」の甘く懐かしい味も特色で、子どもの頃の記憶と寸分違わぬその味で小学生の頃この店の本店(同じく渋谷)に父親と行ったことを思い出した・・・ってちょっと料理漫画みたいな展開ですが。
とんかつと同じフロアには、これまた昔からの「ロゴスキー」なんかもあるのだけど、ロケーションが悪いわけでもないのにいつもどの店も比較的空いている。最近はそんな中の一店「イル・グァッテロ」に入ってみた。初めてということはないはずなのだけれど、良くも悪くも何も記憶していないので、まあ、初めてみたいなものだ。ひろびろした店内は昭和50年代風の雰囲気が漂い、その一角には仕事のみえるクチーナが。さほど腹が空いていた訳でもないので、グラスワインにカプレーゼ、ペンネのアラビアータを選ぶ。グラスで買えるワインは4種、安い方の赤を頼む。これが予想外の良さだった。イタリアなのかスペインなのか、遠目にはほっそりと見えるけど傍に行けば、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる大人っぽいヨーロッパ美女だ。650円は本当は高いけれど充分我慢できる。カプレーゼもトマトはちょっと貧弱だったけれど、なかなか美味しく、アラビアータの味も妥当なところ。椅子とテーブルが「外人サイズ」で、全体にちょっとくたびれた店内や何となくおどおどしたホールスタッフ、折角の入口脇のカウンターが妙な具合に半分隠されている、なんていうことさえ気にしなければ良い店だ。夜なら、そんなささいなことと充分トレードできる渋谷の夜景も楽しめる。ただ、料理は古風で「ヘルシー」なんていう言葉がなかった頃の雰囲気だから、何事にもスマートであっさりした清潔さを求める現代の若者には受け入れられないかも。ま、どうせ客の年齢層は高そうだけど。
と、そんなことを書いているうちに、「東急文化会館」のことを思い出してしまったのだけれど、それはまた別の日にしようっと^^
渋谷で軽く食事することもあり、そんな時に寄るのが東急プラザ。本屋もあれば鉄道模型もある、かと思えば地下はマーケット風で浅草橋みたいなものも売っている楽しいビルだ。その上昼夜の食事の場所にも事欠かず、地下二階に数店舗、階上昇れば9階にあれこれあって飽きない。
時折行くのは、地下の「ぼてじゅう」や9階のとんかつ「蓬莱亭」など。「ぼてじゅう」はカウンターがあるので自分のような薄汚いのが一人でも気が楽で、手際のいい「中の人」を眺めながら結構おいしい「お好み」にハイボールなぞで軽く一杯やれる。味の方は上手な人とさほどでない人がいて運次第ではありますが。「蓬莱亭」は昔から渋谷にある店で昭和レトロな雰囲気。ベーコンで巻いたメンチをカツに揚げた「長崎」や立派な椎茸を使った「どんこかつ」など面白いメニューもある。昭和21年創業「ハチ公ソース」の甘く懐かしい味も特色で、子どもの頃の記憶と寸分違わぬその味で小学生の頃この店の本店(同じく渋谷)に父親と行ったことを思い出した・・・ってちょっと料理漫画みたいな展開ですが。
とんかつと同じフロアには、これまた昔からの「ロゴスキー」なんかもあるのだけど、ロケーションが悪いわけでもないのにいつもどの店も比較的空いている。最近はそんな中の一店「イル・グァッテロ」に入ってみた。初めてということはないはずなのだけれど、良くも悪くも何も記憶していないので、まあ、初めてみたいなものだ。ひろびろした店内は昭和50年代風の雰囲気が漂い、その一角には仕事のみえるクチーナが。さほど腹が空いていた訳でもないので、グラスワインにカプレーゼ、ペンネのアラビアータを選ぶ。グラスで買えるワインは4種、安い方の赤を頼む。これが予想外の良さだった。イタリアなのかスペインなのか、遠目にはほっそりと見えるけど傍に行けば、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる大人っぽいヨーロッパ美女だ。650円は本当は高いけれど充分我慢できる。カプレーゼもトマトはちょっと貧弱だったけれど、なかなか美味しく、アラビアータの味も妥当なところ。椅子とテーブルが「外人サイズ」で、全体にちょっとくたびれた店内や何となくおどおどしたホールスタッフ、折角の入口脇のカウンターが妙な具合に半分隠されている、なんていうことさえ気にしなければ良い店だ。夜なら、そんなささいなことと充分トレードできる渋谷の夜景も楽しめる。ただ、料理は古風で「ヘルシー」なんていう言葉がなかった頃の雰囲気だから、何事にもスマートであっさりした清潔さを求める現代の若者には受け入れられないかも。ま、どうせ客の年齢層は高そうだけど。
と、そんなことを書いているうちに、「東急文化会館」のことを思い出してしまったのだけれど、それはまた別の日にしようっと^^
引越し
あまり深記事く考えずにホストを選んで、特に不満もなかったのだけれど、広告がない、というのに惹かれてここに移転。とにかくシンプルにできるのが、とりあえず良さそう。でもサイドペインに小さいカレンダー出したいんだけどな~^^;
CSSが全部本体HTMLの頭にぶちこんであるのにはちょっとびっくり。
投稿のブロック右端処理に
text-align: justify;
text-justify: inter-ideograph;
だけとりあえず書き足して、後は細部の調整をそのうちに・・・っていつになるやら^^;
CSSが全部本体HTMLの頭にぶちこんであるのにはちょっとびっくり。
投稿のブロック右端処理に
text-align: justify;
text-justify: inter-ideograph;
だけとりあえず書き足して、後は細部の調整をそのうちに・・・っていつになるやら^^;
2012-01-23
Kが大好きだった、そうな・・・
コダックがいよいよ駄目になったらしい。「つけ麺大王」のカウンターにあった新聞によると、だけど。
仕事でも何回か日本法人にお世話になって、ロゴもおなじみだし、何より、30年ほど前、今の団地に引っ越してリニューアルする時に、スチールのドアの内側(ほかあちこち)を、ペンキ屋の親方にフィルムの箱をちぎって見本にして、この黄色にしてください、とお願いしたくらい、黄色いパッケージは大好きだった。ま、その頃はまだあんまり写真は撮らなかったし、ポール・サイモンの歌があったからと言うわけでもないのだけれど。ちなみに、「僕のコダクローム」はもともとCMソングじゃなくて、逆に90年代になってからCMにも使われたが、自分が覚えているのはもちろん70年代、S&Gが袂を別った頃のこと。
経済欄の受け売りなど試みてみると・・・フィルム撮影の衰退によりコダックやフジをはじめそれで食っていたところは皆、業態の変換を迫られたけれど、それがうまくいかなかった、というのが根本的な原因、とある。今頃、何を言ってるんだか、という話だけれど、まあ、結局はそういうことなんだろう。もちろんコダックだってデジタル化を指をくわえて見ていた訳でもなく、オリンパスと一緒にフォーサーズ規格をつくり、優れた撮像素子も送り出していた。しかし、「なりふり構わず」とさえ言える変貌で生き残ったフジなどに較べると、やはり本業への拘りがあって、普通それは良いことだろうと思うのだが、こういう事態には対応しにくかったらしい。一昨年にもコダックが再びフォーサーズ規格の撮像素子をオリンパスに、という噂があったけれど実現しなかった。なんだかオリンパスとコダックじゃ「泥船連合」(失礼><)みたいで悲しいが。
記者氏の書くように、それが、信念がなく小回りがきく日本式経営と、時に信念が変革を邪魔する古いアメリカ式の経営の違いによるものなのかどうか。それはわからないけれど、どちらにしても誇り高い一族経営で写真の歴史をつくってきたロチェスターの会社には、残酷だけれど、生き残る能力、適性がなかった、ということになる。「中国のメーカーからOEMで安いデジカメ入れて、後、会員制のフィットネスクラブとホテルの経営を強化して、燃料電池のベンチャーに投資したいんですが」「それはならん。我々こそ写真の歴史そのものなんじゃ」「お爺さまは今、このアメリカで起きていることがおわかりになっていないのです」「おまえにはまだわかっておらん。古今東西、人間とは同じようなものじゃ」・・・な~んていう会話が展開されたりしたのかしら。まさかね。
デジタルのカメラは確かに簡単に楽しめるし、一方、深く掘り下げれば、写真として考えたりやったりすることも沢山ある。しかし、「写真を撮るよろこび」については今は措くとして、実際問題として、今でも大判のポジを撮影してそれをデジタイズした方が、実は手軽によい画質を得られる。もちろんそれには、いいフィルム、まともに写真の撮れるカメラマンとか、プロラボとか、いろんな過去からの資産が使えてこそ、ではあるけれど。その「資産」が急速に衰退しているのがこの時代なんだな~
仕事でも何回か日本法人にお世話になって、ロゴもおなじみだし、何より、30年ほど前、今の団地に引っ越してリニューアルする時に、スチールのドアの内側(ほかあちこち)を、ペンキ屋の親方にフィルムの箱をちぎって見本にして、この黄色にしてください、とお願いしたくらい、黄色いパッケージは大好きだった。ま、その頃はまだあんまり写真は撮らなかったし、ポール・サイモンの歌があったからと言うわけでもないのだけれど。ちなみに、「僕のコダクローム」はもともとCMソングじゃなくて、逆に90年代になってからCMにも使われたが、自分が覚えているのはもちろん70年代、S&Gが袂を別った頃のこと。
経済欄の受け売りなど試みてみると・・・フィルム撮影の衰退によりコダックやフジをはじめそれで食っていたところは皆、業態の変換を迫られたけれど、それがうまくいかなかった、というのが根本的な原因、とある。今頃、何を言ってるんだか、という話だけれど、まあ、結局はそういうことなんだろう。もちろんコダックだってデジタル化を指をくわえて見ていた訳でもなく、オリンパスと一緒にフォーサーズ規格をつくり、優れた撮像素子も送り出していた。しかし、「なりふり構わず」とさえ言える変貌で生き残ったフジなどに較べると、やはり本業への拘りがあって、普通それは良いことだろうと思うのだが、こういう事態には対応しにくかったらしい。一昨年にもコダックが再びフォーサーズ規格の撮像素子をオリンパスに、という噂があったけれど実現しなかった。なんだかオリンパスとコダックじゃ「泥船連合」(失礼><)みたいで悲しいが。
記者氏の書くように、それが、信念がなく小回りがきく日本式経営と、時に信念が変革を邪魔する古いアメリカ式の経営の違いによるものなのかどうか。それはわからないけれど、どちらにしても誇り高い一族経営で写真の歴史をつくってきたロチェスターの会社には、残酷だけれど、生き残る能力、適性がなかった、ということになる。「中国のメーカーからOEMで安いデジカメ入れて、後、会員制のフィットネスクラブとホテルの経営を強化して、燃料電池のベンチャーに投資したいんですが」「それはならん。我々こそ写真の歴史そのものなんじゃ」「お爺さまは今、このアメリカで起きていることがおわかりになっていないのです」「おまえにはまだわかっておらん。古今東西、人間とは同じようなものじゃ」・・・な~んていう会話が展開されたりしたのかしら。まさかね。
デジタルのカメラは確かに簡単に楽しめるし、一方、深く掘り下げれば、写真として考えたりやったりすることも沢山ある。しかし、「写真を撮るよろこび」については今は措くとして、実際問題として、今でも大判のポジを撮影してそれをデジタイズした方が、実は手軽によい画質を得られる。もちろんそれには、いいフィルム、まともに写真の撮れるカメラマンとか、プロラボとか、いろんな過去からの資産が使えてこそ、ではあるけれど。その「資産」が急速に衰退しているのがこの時代なんだな~
2012-01-16
またもや、だらだらした休日の話
何だか、あれこれと場当たり的なことをやっているうちに一月も半分が過ぎてしまった。ああ、こんな風に今年も過ぎてゆくのだろうか。まあ、それでもいいんだけれど。
昨日の土曜日は寝坊したあと、正月に行きそびれた川崎大師をめざして家を出た。いつもの向ヶ丘遊園からの府中街道一本道では少々面白くないので、今回は尻手黒川道路(都市計画道路尻手黒川線という厳めしい別名もあるらしい)に清水台から出て、後は直進して川崎駅前に。これまた一本道だけれど、二車線道路にしては少し幅が広めなのと、アップダウンが少なく適度に街並み風景が変わるので自転車移動には悪くない。川崎駅からはやはり府中街道にでてしまうことになるので、たいした変わり映えでもないけれど、それでも少しは楽しい。小正月のお大師さんは前々日の「アド街」放送がさらに上乗せしたのかどうか参拝客で大賑わい。交通規制はやってないので参道は自動車も通り、ミニパトが再三「歩行者は歩道から降りないでください」とやっているけれど皆知らんぷり。
さて、自転車はどこに置こうか、ちょうどいいところに信金が、と思ったら、何と鍵を持ってきていない。ああ、今日は同じドイターでも一回り小さい方にしたんだっけ、と気づいたところで手遅れ。お参り出来ないじゃん><ということで、心の中で手を合わせて厄除け交通安全など手前勝手なことをお願いして帰ることにする。それにしても自転車に乗ったままで何もしないで、というのも悔しいし、一円も落とさないでお願いばかりもないもんだ。というわけで表参道出口の福嶋屋に自転車を引いたまま寄って「久寿餅」を勝って帰ることに。「看板娘」に「お兄さん、自転車どっから来たの」と尋ねられ「登戸のも少し向こうから」と答えてちょいとお喋り。「気つけて帰ってね」と送り出される。自転車を車道に引き出そうとしたら、「今のお客さんね、この寒いのに登戸の向こうから自転車だってさ」と次の客に話しているのが聞こえてくる。
走行50キロほどの楽な距離、何しろただただ往復しただけなので、家に着いたらまだ2時前。鍵がないから飯も食えなかったので、冬休みで帰国中の息子が布団のなかでぐだぐだしているのを横目に遅い昼食をとったら、自分も眠くなってしまった。息子を手本に(?)自分も午後はだらだらと過ごし、日曜といえ仕事で出ていた細君が帰ってきて、三人で夕食は新百合ヶ丘の回転寿司に繰り出すことに。今日は少しくらい並んでも我慢するぞ、という意気込みだったから、20分くらいの行列など気にも留めず、三人並んだカウンターで景虎を傍らにあれこれ食って満腹になる。どうも最近、食べ方が上手になったのか、量の割に勘定の具合がいい(安いのを食っているだけです)。
だらしなく、何も考えず、なかなか良い休日。そうそう、夕食後に家についてから食べた「久寿餅」は適度な歯ごたえと素朴な味わいで、大変に結構でした。
昨日の土曜日は寝坊したあと、正月に行きそびれた川崎大師をめざして家を出た。いつもの向ヶ丘遊園からの府中街道一本道では少々面白くないので、今回は尻手黒川道路(都市計画道路尻手黒川線という厳めしい別名もあるらしい)に清水台から出て、後は直進して川崎駅前に。これまた一本道だけれど、二車線道路にしては少し幅が広めなのと、アップダウンが少なく適度に街並み風景が変わるので自転車移動には悪くない。川崎駅からはやはり府中街道にでてしまうことになるので、たいした変わり映えでもないけれど、それでも少しは楽しい。小正月のお大師さんは前々日の「アド街」放送がさらに上乗せしたのかどうか参拝客で大賑わい。交通規制はやってないので参道は自動車も通り、ミニパトが再三「歩行者は歩道から降りないでください」とやっているけれど皆知らんぷり。
さて、自転車はどこに置こうか、ちょうどいいところに信金が、と思ったら、何と鍵を持ってきていない。ああ、今日は同じドイターでも一回り小さい方にしたんだっけ、と気づいたところで手遅れ。お参り出来ないじゃん><ということで、心の中で手を合わせて厄除け交通安全など手前勝手なことをお願いして帰ることにする。それにしても自転車に乗ったままで何もしないで、というのも悔しいし、一円も落とさないでお願いばかりもないもんだ。というわけで表参道出口の福嶋屋に自転車を引いたまま寄って「久寿餅」を勝って帰ることに。「看板娘」に「お兄さん、自転車どっから来たの」と尋ねられ「登戸のも少し向こうから」と答えてちょいとお喋り。「気つけて帰ってね」と送り出される。自転車を車道に引き出そうとしたら、「今のお客さんね、この寒いのに登戸の向こうから自転車だってさ」と次の客に話しているのが聞こえてくる。
走行50キロほどの楽な距離、何しろただただ往復しただけなので、家に着いたらまだ2時前。鍵がないから飯も食えなかったので、冬休みで帰国中の息子が布団のなかでぐだぐだしているのを横目に遅い昼食をとったら、自分も眠くなってしまった。息子を手本に(?)自分も午後はだらだらと過ごし、日曜といえ仕事で出ていた細君が帰ってきて、三人で夕食は新百合ヶ丘の回転寿司に繰り出すことに。今日は少しくらい並んでも我慢するぞ、という意気込みだったから、20分くらいの行列など気にも留めず、三人並んだカウンターで景虎を傍らにあれこれ食って満腹になる。どうも最近、食べ方が上手になったのか、量の割に勘定の具合がいい(安いのを食っているだけです)。
だらしなく、何も考えず、なかなか良い休日。そうそう、夕食後に家についてから食べた「久寿餅」は適度な歯ごたえと素朴な味わいで、大変に結構でした。
2012-01-07
パスタを食していろいろ考えた話
昨日からやっと働き始めたばかりなのに、今日はお休み。あいすみません、世間の皆様。そんなだらだらしている人の日記「みたいなもの」を書いてみます。
休みとはいえ、いつもの事ながら「なにやかにや」とあって仕事場に自転車で往復。浅間記念館からお借りして昨年末まで展示していたライラック・ランサー、先方から引き取りに来ていただくという、まったくもって申し訳ない有難いお話で、本当に感謝。もっとよくよく見ておけばよかったけれど、後の祭り。いろいろな工業製品のデザインの中でもモーターサイクルは特に「ごまかしの利かない」ものぢゃないかと思う。DP90も見たかったな。関西に良い状態のものが生存している由。いつか、どこかで、是非見てみたい。
午後遅くならないうちに、寒風の中、多摩川土手を走って帰宅。この間からどうもRDの調子がおかしい。がつっと踏み込んだ時に、異音と一齣ずれたような感覚がある。ここまで駆動系は一切部品交換なしで2万キロ走ったから、チェーンも伸び多少は草臥れてきたんだろうか。シフトに関するワイヤーの調整は、自分に出きるだけのことはやったつもりで、事実、上げても下げてもスムーズそのもの。とはいえ、どこかに問題があるので、次の休みにじっくりと追求することにしたい。
帰宅してみると『相棒』の比較的珍しい二話、小松政夫が仕立て屋のやつと、女性監察官が杉下右京をターゲットにするやつをやっていた。小松政夫の最後のシーンからついつい見てしまう。もっともこの仕立屋のシーン等々については、かつて引退した本職職人と話したことがあり、そのDさんによれば「よくできてはいるけれど、ちょっと違う」んだそう。ただし、杉下右京の毎回のスーツ選択には玄人にはわかる工夫があれこれとあるとか。
すっかり隅まで知っているドラマをまたまた眺めてだらだらと過ごしてから、夕食ついでに新宿にDVテープを仕入れに出かけることに。80分テープも10本セットで売ってると良いのに・・・。60分なら225円/1本なのが80分だと急に3倍以上の値になる。もっとも、ヨドバシカメラでの扱いをみても、早 晩、DVはほとんど使われなくなるのだろう。世界のどこかではC-VHSが今でも使われているそうだが、そのC-VHSのダビングがこれらDVテープの使い道。
夫婦そろって新宿での食事はどうも苦手。パリ4区くらいしか思い当たらず、渋谷へ。マークシティのLa casa di Nao がちょっと前から気になっていたので、そこに入ってみる。博多に本店のある店だそうで、ちょっと『バンビーノ』を思い出したりする。おりしもオーナーシェフ氏の姿も店内に。ワインがグラス売りハウスワインかやや高めのボトルか、というのにまず、ちょっとがっかり。せめてハウスワインはデキャンタで売ってくれないかな。前菜4種の盛り合わせはまずまず。ニョッキのゴルゴンゾーラもポモドーロもそこそこうまい。チーズをけちらないところも良い。もっとも大変よくできていたニョッキに対して、ポモドーロは些かクチーナから我々の席までの距離か時間が長すぎたようだけれど。
隣のテーブルの結婚間近カップル(観察と盗み聞きの結果です)がピッツァを頼んでいて、これもおいしそうだった。もしかするとベストバイかな?ちなみにこのカップルの男性の方は「タバスコを」と所望していた@@;。若いのにいまどき珍しい奴だ。彼女に馬鹿にされ ないとよいのだが。
と、料理そのものはまあまあなのだが、接客がどうにもこうにも。すべてのサービスのタイミングがおかしく、ぎくしゃくとしている。食べ終わった皿をあっという間に取り上げに来るのは不愉快を通り越して、どこでみてたんだろう的な、「とんき」のキャベツおかわり、みたいな感じで笑っちゃいそう。最初からパルメザン入りのオーリオを置くのなら、パンはもっと早くもってきて、おかわりもすすめるべきだ。ワインのお代わりや追加の料理やデザートをやけにすすめるのは、典型的な「家賃が高い」状態のあらわれだから、やればやるほど貧乏ったらしく逆効果なのがわからないかな~。一人断ったのにもう一人来たのにはちょっと驚いた。インドじゃないんだから。なかなか押し出しのいい黒服はじめ、スタッフはほとんど教育を受けていないようで、正直可哀相だ。一皮剥くとうまくいっていない店なんだろうな、などと本家家政婦みたいなことを言いたくなる。
日曜日に自らカウンターに入ってラーメンをつくるN社長にでも叱ってもらって、ピッツァだけに絞るのが生き残りの道かもしれないし、プリフィックスだけに絞り込みたいのなら、そうした上で魅力を考えるべき。な~んて、客というものは我が儘な上に生意気なものだ。いつも思うことだけれど。
二度と行きたくない、というより、別に酷くまずいわけでもないので、今後どうなってしまうのか、面白いのでまた見てみたい、という感じの店だ。
休みとはいえ、いつもの事ながら「なにやかにや」とあって仕事場に自転車で往復。浅間記念館からお借りして昨年末まで展示していたライラック・ランサー、先方から引き取りに来ていただくという、まったくもって申し訳ない有難いお話で、本当に感謝。もっとよくよく見ておけばよかったけれど、後の祭り。いろいろな工業製品のデザインの中でもモーターサイクルは特に「ごまかしの利かない」ものぢゃないかと思う。DP90も見たかったな。関西に良い状態のものが生存している由。いつか、どこかで、是非見てみたい。
午後遅くならないうちに、寒風の中、多摩川土手を走って帰宅。この間からどうもRDの調子がおかしい。がつっと踏み込んだ時に、異音と一齣ずれたような感覚がある。ここまで駆動系は一切部品交換なしで2万キロ走ったから、チェーンも伸び多少は草臥れてきたんだろうか。シフトに関するワイヤーの調整は、自分に出きるだけのことはやったつもりで、事実、上げても下げてもスムーズそのもの。とはいえ、どこかに問題があるので、次の休みにじっくりと追求することにしたい。
帰宅してみると『相棒』の比較的珍しい二話、小松政夫が仕立て屋のやつと、女性監察官が杉下右京をターゲットにするやつをやっていた。小松政夫の最後のシーンからついつい見てしまう。もっともこの仕立屋のシーン等々については、かつて引退した本職職人と話したことがあり、そのDさんによれば「よくできてはいるけれど、ちょっと違う」んだそう。ただし、杉下右京の毎回のスーツ選択には玄人にはわかる工夫があれこれとあるとか。
すっかり隅まで知っているドラマをまたまた眺めてだらだらと過ごしてから、夕食ついでに新宿にDVテープを仕入れに出かけることに。80分テープも10本セットで売ってると良いのに・・・。60分なら225円/1本なのが80分だと急に3倍以上の値になる。もっとも、ヨドバシカメラでの扱いをみても、早 晩、DVはほとんど使われなくなるのだろう。世界のどこかではC-VHSが今でも使われているそうだが、そのC-VHSのダビングがこれらDVテープの使い道。
夫婦そろって新宿での食事はどうも苦手。パリ4区くらいしか思い当たらず、渋谷へ。マークシティのLa casa di Nao がちょっと前から気になっていたので、そこに入ってみる。博多に本店のある店だそうで、ちょっと『バンビーノ』を思い出したりする。おりしもオーナーシェフ氏の姿も店内に。ワインがグラス売りハウスワインかやや高めのボトルか、というのにまず、ちょっとがっかり。せめてハウスワインはデキャンタで売ってくれないかな。前菜4種の盛り合わせはまずまず。ニョッキのゴルゴンゾーラもポモドーロもそこそこうまい。チーズをけちらないところも良い。もっとも大変よくできていたニョッキに対して、ポモドーロは些かクチーナから我々の席までの距離か時間が長すぎたようだけれど。
隣のテーブルの結婚間近カップル(観察と盗み聞きの結果です)がピッツァを頼んでいて、これもおいしそうだった。もしかするとベストバイかな?ちなみにこのカップルの男性の方は「タバスコを」と所望していた@@;。若いのにいまどき珍しい奴だ。彼女に馬鹿にされ ないとよいのだが。
と、料理そのものはまあまあなのだが、接客がどうにもこうにも。すべてのサービスのタイミングがおかしく、ぎくしゃくとしている。食べ終わった皿をあっという間に取り上げに来るのは不愉快を通り越して、どこでみてたんだろう的な、「とんき」のキャベツおかわり、みたいな感じで笑っちゃいそう。最初からパルメザン入りのオーリオを置くのなら、パンはもっと早くもってきて、おかわりもすすめるべきだ。ワインのお代わりや追加の料理やデザートをやけにすすめるのは、典型的な「家賃が高い」状態のあらわれだから、やればやるほど貧乏ったらしく逆効果なのがわからないかな~。一人断ったのにもう一人来たのにはちょっと驚いた。インドじゃないんだから。なかなか押し出しのいい黒服はじめ、スタッフはほとんど教育を受けていないようで、正直可哀相だ。一皮剥くとうまくいっていない店なんだろうな、などと本家家政婦みたいなことを言いたくなる。
日曜日に自らカウンターに入ってラーメンをつくるN社長にでも叱ってもらって、ピッツァだけに絞るのが生き残りの道かもしれないし、プリフィックスだけに絞り込みたいのなら、そうした上で魅力を考えるべき。な~んて、客というものは我が儘な上に生意気なものだ。いつも思うことだけれど。
二度と行きたくない、というより、別に酷くまずいわけでもないので、今後どうなってしまうのか、面白いのでまた見てみたい、という感じの店だ。
2012-01-01
つつしんでしんねんのごあいさつをもうしあげます
あたらしく迎える西暦を見るたびに、「未来だ~」と思ってしまうのは私だけでしょうか。その上、昨年は地震は兎も角として、その後の展開が「こんな未来は嫌だ」的な展開になり、いまだそれが継続している訳で、まあ、とにかく今年は平穏な一年になってもらいたいものであります。皆様におかれましても、本年が良い年になりますよう、心からお祈り申し上げます。
と、思いつつ新聞を広げたら、いきなりの一面見出しが「核燃料直接処理コストを隠蔽」で、ああ、やはりこの話からは逃れられないんだなあと実感。核燃再処理から国や東電が逃げないように、本当は安い直接処理(これも要は捨てて埋めるだけだからちっとも感心しない話ではあるけれど・・・)のコストを、いわゆる「ムラ」の人たちが隠蔽した、というある意味きわめてわかりやすい話で、正月から軽く国民の気持ちをげんなりさせる効果は抜群。
考えてみれば原子力発電による安くていくらでも使える電力、なんていうのはかつての「未来」の幻想にかなり重要な役割を果たしていて、自分などはまさに無邪気に『鉄腕アトム』的な未来をどこかで信じていた。そんな「原子力の平和利用」を、「進歩的な知識人」、被爆者・原水禁も原子力空母の入港に反対する人たちも共産党も社会党も、なぜだか判断停止状態で率先して支持していたのは確かで、たぶん、「反戦米兵」をかくまった人たちも、大菩薩峠の「軍事キャンプ」で「総括」を続けた人たちも、成田闘争に馳せ参じた人たちも、ほとんどが同じだったのではないだろうか。そういう意味で「隠蔽」されていること、「隠蔽したいこと」はあちこちにまだまだ沢山あるんだろうな~^^;
と、思いつつ新聞を広げたら、いきなりの一面見出しが「核燃料直接処理コストを隠蔽」で、ああ、やはりこの話からは逃れられないんだなあと実感。核燃再処理から国や東電が逃げないように、本当は安い直接処理(これも要は捨てて埋めるだけだからちっとも感心しない話ではあるけれど・・・)のコストを、いわゆる「ムラ」の人たちが隠蔽した、というある意味きわめてわかりやすい話で、正月から軽く国民の気持ちをげんなりさせる効果は抜群。
考えてみれば原子力発電による安くていくらでも使える電力、なんていうのはかつての「未来」の幻想にかなり重要な役割を果たしていて、自分などはまさに無邪気に『鉄腕アトム』的な未来をどこかで信じていた。そんな「原子力の平和利用」を、「進歩的な知識人」、被爆者・原水禁も原子力空母の入港に反対する人たちも共産党も社会党も、なぜだか判断停止状態で率先して支持していたのは確かで、たぶん、「反戦米兵」をかくまった人たちも、大菩薩峠の「軍事キャンプ」で「総括」を続けた人たちも、成田闘争に馳せ参じた人たちも、ほとんどが同じだったのではないだろうか。そういう意味で「隠蔽」されていること、「隠蔽したいこと」はあちこちにまだまだ沢山あるんだろうな~^^;
2011-12-28
赤坂から原宿まで
息子のおかげで(?)中国銀行などというところとどうしても縁があって、午後から赤坂に二人でかけることに。暮とあって窓口はいっぱい、シャッターが降りる頃ようやく用事が終わった。さて、食事には早いけれどどうするか、とりあえず赤坂見附にぶらぶら歩き、赤坂東急ホテル、じゃなかった、赤坂エクセルホテル東京のテラスに「外付け」のカフェ「ボローニャ」でお茶にする。細君はケーキセット、こっちはカールスバーグにたまごサンド。もともとここの売りはデニッシュ生地のパンで、それを使ったサンドイッチは500円で小さなミネストローネまでついてお買い得。
冬日とはいえ、さほどの寒さでもなく今しばらくは日も残る。ここからは渋谷方面に散歩。角を曲がると、おお、ちょうどよいところにチョコレート屋。正月の実家用みやげをレオニダスで調達。ベルギーチョコレートなのに何でギリシャ人の名前?というかねてよりの疑問は帰宅後にネットで氷解。なかなかのストーリーがあったんですね~。
とらや、草月会館、カナダ大使館などなど、ここらあたりはだいぶ前から変わっていないような、相当変わっているような、もともと稀にしか来ないところだからよくわからない。青山、外苑前を過ぎて表参道へ。急に人も車も増える。やがてちょっとさびしいイルミネーションに明かりが点り、人も車もごったがえしてくる。道の反対側にやけに人だかりがしていたのは、どうやら、皇太子一家が渋谷から東宮に戻る道中があったらしいと後で知る。
渋谷まで行くつもりが、オリンピアの角を曲がったら、ここで千代田線に乗っちゃえば、ということになり散歩終了。東京は結構面白い。
冬日とはいえ、さほどの寒さでもなく今しばらくは日も残る。ここからは渋谷方面に散歩。角を曲がると、おお、ちょうどよいところにチョコレート屋。正月の実家用みやげをレオニダスで調達。ベルギーチョコレートなのに何でギリシャ人の名前?というかねてよりの疑問は帰宅後にネットで氷解。なかなかのストーリーがあったんですね~。
とらや、草月会館、カナダ大使館などなど、ここらあたりはだいぶ前から変わっていないような、相当変わっているような、もともと稀にしか来ないところだからよくわからない。青山、外苑前を過ぎて表参道へ。急に人も車も増える。やがてちょっとさびしいイルミネーションに明かりが点り、人も車もごったがえしてくる。道の反対側にやけに人だかりがしていたのは、どうやら、皇太子一家が渋谷から東宮に戻る道中があったらしいと後で知る。
渋谷まで行くつもりが、オリンピアの角を曲がったら、ここで千代田線に乗っちゃえば、ということになり散歩終了。東京は結構面白い。
2011-12-05
ようやく自転車に
天気が悪かったりあれこれ忙しかったりで一向に自転車に乗れなかったけれど、今日こそは、ということで9時に家を出て湘南に向かう。246をたくさん走る
のがどうも気が進まず、今日は町田にまず向かい、町田街道で246へ。後は例によって大和から467で海をめざし11時を回って江ノ島到着。自転車がある
ので、そうそう観光や散策、というわけにもいかず、それでも少し近辺をぶらぶらと流し、昼飯を思案する。回転寿司、というのが出かける前の考えだったのだ
が、いつものことだけれど、いざ現地に行くと気分が変わってしまった。天気は絶好、遠く富士山もよく見える、ということで海岸通りを鎌倉方面へ。
目指すは稲村ガ崎。かつて「メイン」という有名なレストランがあったけれど、今は建物はそのままに、なんとかいう別な名前になっている。優に40年以上前 のこと、稲村ガ崎の海岸近いマンションに叔父が一人住んでいて、近所にちょっといいレストランがあるから行こうということで初めて行った。その後、30年 以上前の学生時代には、何かといえば遊びに行ったあたりで、いろいろと面白いのや不思議なのや思い出も少なくない。そんなことを少し考えもしたけれど、何 よりこの店のいいところは海がよくみえること。特にこんな日は富士山まで加わって、なかなかの贅沢ぶりなのだ。
内容価格の設定がちょっと微妙なランチをやめて、ビーフシチューとパンを頼んだら、大人っぽくてとびきり魅力的なギャルソンヌ(たぶん何年か前に行った 時にもいた人)にちょっと不思議な顔をされたけれど、そんなことはおかまいなしに、シチューとパンを貪り食い、満足する。見渡せば客席は平日の昼間にして は結構埋まっているものの、何といっても年齢層が高い。
件の叔父はその後、鎌倉から小田原に移り住み、先年、不慮の死を遂げてしまった。幼い自分にピアノの手ほどきを、たぶん面白半分にしてくれた井口愛子門下 の素人ピアニスト、後に独学オルガニストにしてディレッタント蕎麦打ち。何かと独善的で些か浅薄な毒舌を吐く、それでも料理や音楽、美術にちょっとした意 見をもつ大学教授で、自分にとっては大きな影響を受けた「母方の叔父」であった。晩年、あれほど好きだったグレン・グールドを悪く言っていたそうだが、そ れは、いけないよ・・・。
別にそんな意識はなかったんだけれど、稲村ガ崎に向かったのはそんなことを思い出したくなっていたからかもしれない。
往復100キロ弱。15時30分過ぎに家に帰りついたら、急に眠くなった。
目指すは稲村ガ崎。かつて「メイン」という有名なレストランがあったけれど、今は建物はそのままに、なんとかいう別な名前になっている。優に40年以上前 のこと、稲村ガ崎の海岸近いマンションに叔父が一人住んでいて、近所にちょっといいレストランがあるから行こうということで初めて行った。その後、30年 以上前の学生時代には、何かといえば遊びに行ったあたりで、いろいろと面白いのや不思議なのや思い出も少なくない。そんなことを少し考えもしたけれど、何 よりこの店のいいところは海がよくみえること。特にこんな日は富士山まで加わって、なかなかの贅沢ぶりなのだ。
内容価格の設定がちょっと微妙なランチをやめて、ビーフシチューとパンを頼んだら、大人っぽくてとびきり魅力的なギャルソンヌ(たぶん何年か前に行った 時にもいた人)にちょっと不思議な顔をされたけれど、そんなことはおかまいなしに、シチューとパンを貪り食い、満足する。見渡せば客席は平日の昼間にして は結構埋まっているものの、何といっても年齢層が高い。
件の叔父はその後、鎌倉から小田原に移り住み、先年、不慮の死を遂げてしまった。幼い自分にピアノの手ほどきを、たぶん面白半分にしてくれた井口愛子門下 の素人ピアニスト、後に独学オルガニストにしてディレッタント蕎麦打ち。何かと独善的で些か浅薄な毒舌を吐く、それでも料理や音楽、美術にちょっとした意 見をもつ大学教授で、自分にとっては大きな影響を受けた「母方の叔父」であった。晩年、あれほど好きだったグレン・グールドを悪く言っていたそうだが、そ れは、いけないよ・・・。
別にそんな意識はなかったんだけれど、稲村ガ崎に向かったのはそんなことを思い出したくなっていたからかもしれない。
往復100キロ弱。15時30分過ぎに家に帰りついたら、急に眠くなった。
2011-11-29
上海弾丸旅行
一瞬、上海に。
寅さん風に言えば、俺は本当に上海に行ったのかなあ、くらいの短い旅行でした。
滅茶苦茶にエネルギッシュで、何だかよくわからない大都会は、間違いなく東京より凄い都会だった。享楽的で刹那的、互いに心を許さず必死の覚悟で今を楽しむ、ようにさえ見える上海人はちょっと切なかった。最近、自転車のマナーがあれこれ言われるけれど、上海の自転車・電気バイクなどなどに比べれば、まったくもって文字通り「児戯に類する」ような違反でありマナーの悪さ。大多数の日本人が無気力な馬鹿だとすれば(あ、言っちゃった・・・^^;)、上海人はやたらに威勢のいい、やる気満々の馬鹿揃い。そこがちょっと魅力でもある。
モーガンシャンルーは美大の学園祭みたいで面白い。日本ももっとギャラリーの展示スペースを広くとれると良いのに・・・。博物館は信じられないくらい悪趣味な建物の中に凄い展示があって、そのアンバランスが妙にいい。最上階の少数民族室は、普通は最後にたぶん飽きてしまって誰もゆっくりは見ないスペースだろうけど、天邪鬼な我々は最初にそこから見ることに。他の展示室とは違い、すべてのコンテクストから切り離され、意味を剥奪された衣服や服飾品が標本として立ち並ぶ。漢民族は「少数民族」をできれば絶滅動物にして剥製を飾りたいんだな、ということがあまりにもあからさまに示されていて、人事ながら恥ずかしささえ覚える。
朝の中山公園では、太極拳より社交ダンスの方が人気。
上海もまた高齢化が深刻な問題になりつつある。
踊れ、踊れ、今のうちに・・・上海はちょっと悲しい街。
寅さん風に言えば、俺は本当に上海に行ったのかなあ、くらいの短い旅行でした。
滅茶苦茶にエネルギッシュで、何だかよくわからない大都会は、間違いなく東京より凄い都会だった。享楽的で刹那的、互いに心を許さず必死の覚悟で今を楽しむ、ようにさえ見える上海人はちょっと切なかった。最近、自転車のマナーがあれこれ言われるけれど、上海の自転車・電気バイクなどなどに比べれば、まったくもって文字通り「児戯に類する」ような違反でありマナーの悪さ。大多数の日本人が無気力な馬鹿だとすれば(あ、言っちゃった・・・^^;)、上海人はやたらに威勢のいい、やる気満々の馬鹿揃い。そこがちょっと魅力でもある。
モーガンシャンルーは美大の学園祭みたいで面白い。日本ももっとギャラリーの展示スペースを広くとれると良いのに・・・。博物館は信じられないくらい悪趣味な建物の中に凄い展示があって、そのアンバランスが妙にいい。最上階の少数民族室は、普通は最後にたぶん飽きてしまって誰もゆっくりは見ないスペースだろうけど、天邪鬼な我々は最初にそこから見ることに。他の展示室とは違い、すべてのコンテクストから切り離され、意味を剥奪された衣服や服飾品が標本として立ち並ぶ。漢民族は「少数民族」をできれば絶滅動物にして剥製を飾りたいんだな、ということがあまりにもあからさまに示されていて、人事ながら恥ずかしささえ覚える。
朝の中山公園では、太極拳より社交ダンスの方が人気。
上海もまた高齢化が深刻な問題になりつつある。
踊れ、踊れ、今のうちに・・・上海はちょっと悲しい街。
2011-11-14
歩いた話
新宿-青梅43キロかち歩き、というのに参加した。
くたびれました。脚も痛くなりました。面白かったです。知り合い10何人かで出かけたので、その後の御酒も結構でした。
新宿の都庁前の公園を8時半にスタート。青梅街道に出て、ひたすら一本道を歩く。物好きな参加者1700人が、とにかく歩く。額面どおり本当に何も飲まず 食わずで8時間以上を過ごしたら、ゴール後に脳貧血気味になってしまった。体に悪いな~^^;。何だか全体にちょっと「ゆるい」感じの大会で、それが良さ でもあり、また来年の3月に出ようと思う(年二回開催の由)。
それにしても「かち歩き」っていう言葉は何だかちょっと変。「勝ち」の意味も込めている、と主催者は主張しているようだが、既にして「徒歩=かち」だか ら、さしずめ「かち歩き=徒歩歩」で「とほほ」か~、などと夕暮れの河辺(かべ、ここにある青梅市の体育館前がゴール)で脚をひきずっていた。
くたびれました。脚も痛くなりました。面白かったです。知り合い10何人かで出かけたので、その後の御酒も結構でした。
新宿の都庁前の公園を8時半にスタート。青梅街道に出て、ひたすら一本道を歩く。物好きな参加者1700人が、とにかく歩く。額面どおり本当に何も飲まず 食わずで8時間以上を過ごしたら、ゴール後に脳貧血気味になってしまった。体に悪いな~^^;。何だか全体にちょっと「ゆるい」感じの大会で、それが良さ でもあり、また来年の3月に出ようと思う(年二回開催の由)。
それにしても「かち歩き」っていう言葉は何だかちょっと変。「勝ち」の意味も込めている、と主催者は主張しているようだが、既にして「徒歩=かち」だか ら、さしずめ「かち歩き=徒歩歩」で「とほほ」か~、などと夕暮れの河辺(かべ、ここにある青梅市の体育館前がゴール)で脚をひきずっていた。
2011-11-10
ideosの帰還
docomoのシムを入れたまま行方不明になっていたideosが拾得されたという手紙が来て、保管先の碑文谷警察まで行ってきた。ちょうど一月で拾得さ
れた東急バスから警察に移されたそうな・・・。
@@東急バスは盲点だった。てっきり、電車での帰宅時と思い込み、あちこち問い合わせたが何の手がかりもな く、それでも、何となく出てきそうな気がして放置していたところでした。ま、とにかく良かった、助かった。これをきっかけに少しはいいことがあるといいん だが・・・。
ideosは安物スマホというか、モバイル通信用のテザリングマシンというか、どちらにしても単体での使い勝手は値段相応でたいしたことはないのだけれ ど、やはり失くしてしまうとショックが大きく、しばらくはスマホの文字さえ見たくなかった。これで職場でもwebメールにつなげるしめでたしめでたしです。
@@東急バスは盲点だった。てっきり、電車での帰宅時と思い込み、あちこち問い合わせたが何の手がかりもな く、それでも、何となく出てきそうな気がして放置していたところでした。ま、とにかく良かった、助かった。これをきっかけに少しはいいことがあるといいん だが・・・。
ideosは安物スマホというか、モバイル通信用のテザリングマシンというか、どちらにしても単体での使い勝手は値段相応でたいしたことはないのだけれ ど、やはり失くしてしまうとショックが大きく、しばらくはスマホの文字さえ見たくなかった。これで職場でもwebメールにつなげるしめでたしめでたしです。
2011-11-05
間違った日に仕事に行った話
タイトルどおりであります。
わが社は土日のどちらか出勤が原則なのだが、昨日帰りがけにホワイトボードを見ると翌日、つまり今日は出勤のようだ。となると 出勤することになる→それが間違い、という流れで、随分早く帰ってきた。帰りがけに寄り道してちょっとだけ地元の明日のイベント準備のお手伝い。30点あまりの写真の簡単な展示で、こういうことなら簡単で多少は喜ばれるので・・・。
夕刻、同じイベントの準備でやたらに飯をとぎ手が草臥れた細君と、新百合ヶ丘に食事に出る。近頃、わりに気に入っている安くない回転寿司をめざすも土曜と あって家族連れが行列で、初めての店、「asao grill」へ。グリル料理が売りのちょっと微妙にアメリカ風のダイナーは料理もサービスもまずまず。ハウスワインはもちろん「キャラフォーニアン」で、 かなり細身、というより薄手だが、飲みやすくて肉にはなかなか良い。注文は、このワインをキャラフェでもらい、ほかにシーザーサラダ、アボカドのカルパッ チョ、ミネストローネ、そして焼け目のついてるハンバーグとステーキ。味はとりたててどうというほどではないけれど、リーズナブルで感じもいいので、また 行こう。年配常連二人と我々を除き、若いカップルがぽつりぽつりと来る。こういう店もあるんだな。
夜は珍しくチャンネルを変えず単発の「火車」をみる。淡々と丁寧なつくりで、キャストもまずまず、いい感じのドラマだった。原作は面白いので、きちんとや りさえすれば見るに耐えるものになるといういい見本。上川隆也も寺脇康文もそこそこで、金田明夫や笹野高史が顔を見せ、子役はやたらに達者だし美保純、藤 真利子や茅島成美ら女優さんたちも良かった。目を引いたのは高橋一生。この人はもしかすると本物になるかもしれない。ゴリに栃木県人はいかにも無理だがご 愛嬌、おいしい役回り。逆に井上和香はいい雰囲気をもってるのだが、今回は上っ滑りでまったく駄目。芝居は何も出来ないのだからもっと一生懸命やってください。
と、まあ、今日は普通に日記を書いてみました。
わが社は土日のどちらか出勤が原則なのだが、昨日帰りがけにホワイトボードを見ると翌日、つまり今日は出勤のようだ。となると 出勤することになる→それが間違い、という流れで、随分早く帰ってきた。帰りがけに寄り道してちょっとだけ地元の明日のイベント準備のお手伝い。30点あまりの写真の簡単な展示で、こういうことなら簡単で多少は喜ばれるので・・・。
夕刻、同じイベントの準備でやたらに飯をとぎ手が草臥れた細君と、新百合ヶ丘に食事に出る。近頃、わりに気に入っている安くない回転寿司をめざすも土曜と あって家族連れが行列で、初めての店、「asao grill」へ。グリル料理が売りのちょっと微妙にアメリカ風のダイナーは料理もサービスもまずまず。ハウスワインはもちろん「キャラフォーニアン」で、 かなり細身、というより薄手だが、飲みやすくて肉にはなかなか良い。注文は、このワインをキャラフェでもらい、ほかにシーザーサラダ、アボカドのカルパッ チョ、ミネストローネ、そして焼け目のついてるハンバーグとステーキ。味はとりたててどうというほどではないけれど、リーズナブルで感じもいいので、また 行こう。年配常連二人と我々を除き、若いカップルがぽつりぽつりと来る。こういう店もあるんだな。
夜は珍しくチャンネルを変えず単発の「火車」をみる。淡々と丁寧なつくりで、キャストもまずまず、いい感じのドラマだった。原作は面白いので、きちんとや りさえすれば見るに耐えるものになるといういい見本。上川隆也も寺脇康文もそこそこで、金田明夫や笹野高史が顔を見せ、子役はやたらに達者だし美保純、藤 真利子や茅島成美ら女優さんたちも良かった。目を引いたのは高橋一生。この人はもしかすると本物になるかもしれない。ゴリに栃木県人はいかにも無理だがご 愛嬌、おいしい役回り。逆に井上和香はいい雰囲気をもってるのだが、今回は上っ滑りでまったく駄目。芝居は何も出来ないのだからもっと一生懸命やってください。
と、まあ、今日は普通に日記を書いてみました。
2011-11-03
鎌倉葉山行
仕事場に出かける気になれなくて、などという理由で休んではいけないのですが・・・。
11月1日。朝方は一日休んで休息、という気分だったのが、天気もほどほどに良く、ペリアン展の完成状態も見ておきたく、というわけで十時過ぎになってか ら突如思い立って出発。いつものように東名川崎の手前で右折して青葉台方面に向かい、江田駅東で246へ。だらだらした上り下りを何回か我慢すれば大和 で、そこから道なりに進んで467に入る。467は高低差がなく、そこそこの道幅なので昼間なら自転車には好都合。どんどん進めば藤沢で、さらに行けば江 ノ島なのだけれど市街を過ぎたところで32に左折。そのまままっすぐ海岸に出れば由比ガ浜だが、八雲神社で左折してトンネルを三つ抜け鎌倉駅前に。
さして急ぎもしなかったけれど、1時だいぶ前には到着し昼飯をさがす。結局大路に出て萱木家に。適度に古い建物といい、店の感じはいいのだが、いつ行って も肝心の鰻の味が少々呆けている。というより正確には行く度にどんどんと呆けて行く。安いのは有難いので、文句は言わないことにしよう(もう云っちゃって ます)呆けている、と言えば、横の卓の中年二人、老人二人の会話が何だか変。曰く・・・。逗子のマンションで自殺したのはだれだっけ。芥川龍之介だったか しら・・・。太宰治かな。ようやく川端までは出たけれど下の名前が出ないままこの話題はうやむやに。どうみても五十過ぎの娘婿(らしい。14年だそうだか ら、遅い結婚)がお義父さん、しんちゅうっていうのは鉄の一種ですか、と尋ねると、義父なる人は、ああ、あれな・・・ありゃあ黄銅鉱っていうのから採るんだよ、そのままぢゃあ使えねえから鉄に混ぜて使う、などと答える。店内は中高年だらけで、気がつくと背中の方の卓も似たような会話が飛び交っていて落ち着 かないこと夥しい。頑張れ中高年。
そそくさと食べ終わってペリアン展に。あと一つ部屋があればいいのに少々手狭。とはいえ坂倉の建物にペリアンはやはりDNAが共通していて良いマッチン グ。座れる椅子にも一応全部座ってみたが、見かけのわりに心地が悪い。中盤から先、スペースの制約から、映画の予告編みたいな様子。面白そうでいて結局 さっぱりわからない。ま、うちでは何とかなるでしょう・・・。そのまま帰ってしまおうと外に出たところで、会議から戻ったキュレーター・Nさんに遭遇。玉堂もいいですよ~M館長もいますよ~との仰せに従い葉山に向かう。
玉堂、なかなか良い展覧会で甲斐あり。ゆっくり見てから館長室にちょっと寄る。なんであんなにイギリスっぽい感じの絵が、と問えばラスキンですから、と適 役の的確な答えに納得。玉堂っていい絵描きだけれどスケッチ・素描は割に下手ですね~(目がどうも悪かったようで、悪くはないが、実際さほどうまくな い)、それは担当者には言わないように、すごく感動してるんですから泣いちゃいます、などと言ってるうちに、11月の太陽早くも海に傾きかける頃となり、 慌てて退散。
藤沢あたりですっかり暗くなり、ゆっくりと家に戻ったら8時近くになっていた。走行120キロ弱、良い運動、おまけに良い展覧会。
11月1日。朝方は一日休んで休息、という気分だったのが、天気もほどほどに良く、ペリアン展の完成状態も見ておきたく、というわけで十時過ぎになってか ら突如思い立って出発。いつものように東名川崎の手前で右折して青葉台方面に向かい、江田駅東で246へ。だらだらした上り下りを何回か我慢すれば大和 で、そこから道なりに進んで467に入る。467は高低差がなく、そこそこの道幅なので昼間なら自転車には好都合。どんどん進めば藤沢で、さらに行けば江 ノ島なのだけれど市街を過ぎたところで32に左折。そのまままっすぐ海岸に出れば由比ガ浜だが、八雲神社で左折してトンネルを三つ抜け鎌倉駅前に。
さして急ぎもしなかったけれど、1時だいぶ前には到着し昼飯をさがす。結局大路に出て萱木家に。適度に古い建物といい、店の感じはいいのだが、いつ行って も肝心の鰻の味が少々呆けている。というより正確には行く度にどんどんと呆けて行く。安いのは有難いので、文句は言わないことにしよう(もう云っちゃって ます)呆けている、と言えば、横の卓の中年二人、老人二人の会話が何だか変。曰く・・・。逗子のマンションで自殺したのはだれだっけ。芥川龍之介だったか しら・・・。太宰治かな。ようやく川端までは出たけれど下の名前が出ないままこの話題はうやむやに。どうみても五十過ぎの娘婿(らしい。14年だそうだか ら、遅い結婚)がお義父さん、しんちゅうっていうのは鉄の一種ですか、と尋ねると、義父なる人は、ああ、あれな・・・ありゃあ黄銅鉱っていうのから採るんだよ、そのままぢゃあ使えねえから鉄に混ぜて使う、などと答える。店内は中高年だらけで、気がつくと背中の方の卓も似たような会話が飛び交っていて落ち着 かないこと夥しい。頑張れ中高年。
そそくさと食べ終わってペリアン展に。あと一つ部屋があればいいのに少々手狭。とはいえ坂倉の建物にペリアンはやはりDNAが共通していて良いマッチン グ。座れる椅子にも一応全部座ってみたが、見かけのわりに心地が悪い。中盤から先、スペースの制約から、映画の予告編みたいな様子。面白そうでいて結局 さっぱりわからない。ま、うちでは何とかなるでしょう・・・。そのまま帰ってしまおうと外に出たところで、会議から戻ったキュレーター・Nさんに遭遇。玉堂もいいですよ~M館長もいますよ~との仰せに従い葉山に向かう。
玉堂、なかなか良い展覧会で甲斐あり。ゆっくり見てから館長室にちょっと寄る。なんであんなにイギリスっぽい感じの絵が、と問えばラスキンですから、と適 役の的確な答えに納得。玉堂っていい絵描きだけれどスケッチ・素描は割に下手ですね~(目がどうも悪かったようで、悪くはないが、実際さほどうまくな い)、それは担当者には言わないように、すごく感動してるんですから泣いちゃいます、などと言ってるうちに、11月の太陽早くも海に傾きかける頃となり、 慌てて退散。
藤沢あたりですっかり暗くなり、ゆっくりと家に戻ったら8時近くになっていた。走行120キロ弱、良い運動、おまけに良い展覧会。
2011-11-01
草臥れる
っていうのは何でこんな字を使うんだろう・・・。今度調べてみよう。
仕事一段落なのですが、何だかまだまだ未解決のことも多く、草臥れたままです。
まあ、一言で云えば、虚しいな~
こういう時はカメラでも買って気分転換・・・というのを目論んでいるところ。ペンタックスのQが今のところ第一候補。スナップに使っていたデータ用スマホ を落としてしまったので最近はカメラなしで歩くことが多くて何だか不安。とはいえ、それほど沢山撮影していた訳ぢゃあないのだけれど。Qはまずまずよく出 来ていて、あのサイズだから普段持ち歩き用に・・・。一眼の方は今のところレンズの関係もあり、E-5しか考えていないのだけれど、これが結構高いので、 いつになることやら><L10は悪いカメラじゃないんだけど、普通に使うとちょっと絵造りが鈍くてRAWで処理する方がずっと楽しいのだけれど、それはそ れで面倒くさい。
仕事一段落なのですが、何だかまだまだ未解決のことも多く、草臥れたままです。
まあ、一言で云えば、虚しいな~
こういう時はカメラでも買って気分転換・・・というのを目論んでいるところ。ペンタックスのQが今のところ第一候補。スナップに使っていたデータ用スマホ を落としてしまったので最近はカメラなしで歩くことが多くて何だか不安。とはいえ、それほど沢山撮影していた訳ぢゃあないのだけれど。Qはまずまずよく出 来ていて、あのサイズだから普段持ち歩き用に・・・。一眼の方は今のところレンズの関係もあり、E-5しか考えていないのだけれど、これが結構高いので、 いつになることやら><L10は悪いカメラじゃないんだけど、普通に使うとちょっと絵造りが鈍くてRAWで処理する方がずっと楽しいのだけれど、それはそ れで面倒くさい。
2011-10-21
死んだ人のことばかり
今度はカザーフィ・・・
世代的なこともいくらかあるのか、いや、それだけじゃないと思うのですが、カザーフィの、今回の「結末」はどうにもやりきれない。ヨーロッパやアメリカの 都合に左右されないアフリカ経済ブロックを構想していたカザーフィ(正しくはその息子の誰か、らしいのだが)をアメリカが自分の都合で排除した、というの が事の真相で、それは何だか口ざわりのいい、民主化や、まして「革命」とは全然関係ないことなのだ、としか思えない。
成長すべき中国との関係性の中で、将来的なアジア経済ブロックを構想した田中角栄が、立花隆はじめ、CIA協力者を動員してのキャンペーンで葬られたのと、構造的にはまったく同じ問題だ。
暢気な日本人。吐き気がする。
世代的なこともいくらかあるのか、いや、それだけじゃないと思うのですが、カザーフィの、今回の「結末」はどうにもやりきれない。ヨーロッパやアメリカの 都合に左右されないアフリカ経済ブロックを構想していたカザーフィ(正しくはその息子の誰か、らしいのだが)をアメリカが自分の都合で排除した、というの が事の真相で、それは何だか口ざわりのいい、民主化や、まして「革命」とは全然関係ないことなのだ、としか思えない。
成長すべき中国との関係性の中で、将来的なアジア経済ブロックを構想した田中角栄が、立花隆はじめ、CIA協力者を動員してのキャンペーンで葬られたのと、構造的にはまったく同じ問題だ。
暢気な日本人。吐き気がする。
2011-10-14
デニス・リッチー死す
ジョブスが亡くなったと思ったら、ほどなく・・・。
「カーニハン・リッチー」なんてひとくくりで名前を知ったのはもう随分前になる。とうとうCはあんまり理解しないで終わってしまったけれど、その考え方は いろいろと役に立った。もしかすると今でも頭の片隅では、いろんな物事の成り立ちや経緯を、崩れたC、またはもう少し広い意味での関数型のプログラミング 言語で記述してる面がまったくないともいえない・・・。
OSXだってandroidだって遡れば、UNIXがなければ成立しない。毎日使っている Linuxだって勿論だ。世界を創った人達が世を去る時が来たという意味で、これもまた、that day has comeに違いない。
自分とたいして年齢が違わないので、ちょっと背筋がうすら寒い感じもするけれど・・・。
「カーニハン・リッチー」なんてひとくくりで名前を知ったのはもう随分前になる。とうとうCはあんまり理解しないで終わってしまったけれど、その考え方は いろいろと役に立った。もしかすると今でも頭の片隅では、いろんな物事の成り立ちや経緯を、崩れたC、またはもう少し広い意味での関数型のプログラミング 言語で記述してる面がまったくないともいえない・・・。
OSXだってandroidだって遡れば、UNIXがなければ成立しない。毎日使っている Linuxだって勿論だ。世界を創った人達が世を去る時が来たという意味で、これもまた、that day has comeに違いない。
自分とたいして年齢が違わないので、ちょっと背筋がうすら寒い感じもするけれど・・・。
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